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仙台地方裁判所 昭和33年(ワ)176号 判決

原告 宮城興産有限会社

被告 株式会社徳陽相互銀行

主文

被告は原告に対して金二十二万円及びこれに対する昭和三十三年四月十九日以降その完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分しその一を原告その余を被告の各負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対し金二十七万八千六百八十四円及びこれに対する昭和三十三年四月十九日からその完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求めると申立て、

その請求の原因として、

(一)  塩釜市字土城入四十二番の一宅地三十二坪一合(土地区画整理後の同市字東町三十二番の一宅地二十七坪七合二勺)及び同所四十二番所在家屋番号百二十五番の六木造瓦葺二階建店舗兼居宅一棟建坪十二坪七合五勺外二階五坪(以下右宅地を本件宅地、右建物を本件建物、右宅地及び建物を一括して本件不動産とそれぞれ略記する)は、もと訴外後藤五郎の所有であつたが、原告は昭和三十年十月十一日当時後藤に対して有していた債務名義に基いて仙台地方裁判所に本件不動産の強制競売の申立をなした。それで同裁判所は右申立による同庁昭和三十年(ヌ)第九十七号強制競売事件において同日本件不動産の強制競売開始決定をなし翌々十三日強制競売申立登記がなされた。次いで被告銀行は、昭和三十年十一月八日、当時右後藤に対して有していた無尽給付貸付残元金二十万九千七百九十円及びこれに対する昭和二十九年十一月二十一日からその完済に至るまでの日歩四銭の割合による遅延損害金債権を担保する本件宅地についての第一順位抵当権及び本件建物についての第一及び第二順位の抵当権実行のため前記裁判所に本件不動産競売の申立をなした。それで右申立は同庁昭和三十年(ケ)第百五十八号競売事件として前記同庁昭和三十年(ヌ)第九十八号事件の記録に添付された。その後原告は都合により前記強制競売の申立を取下げた。右競売事件手続進行の結果本件不動産は代金六十八万円をもつて訴外内海正人の競落するところとなり、昭和三十一年十一月二十一日同人に対し競落許可決定があつた。

(二)  しかして右競落許可決定のあつた当時後藤の債権者にして本件不動産に抵当権を有した者は左記のとおりであつて本件不動産については左記のような抵当権設定登記がなされていた。

本件宅地について

(債権者抵当権者)

(抵当権の順位、その設定登記受付年月日)

(登記された債権)

被告

(1)昭和二十九年三月三十一日

元金十八万円利息、日歩三銭五厘 損害金日歩四銭

萱場りん

(2)昭和二十九年十二月十七日

元金二十万円利息、日歩十銭

伊藤伝一

佐藤武治

(3)昭和三十一年六月五日

元金十万六千六百五十円

原告

(4)昭和三十一年九月十日

元金十五万円損害金日歩九銭

本件建物について

被告

(1)昭和二十八年四月十日

元金十二万円利息、日歩三銭五厘 損害金日歩四銭

被告

(2)昭和二十九年三月三十一日

本件宅地についての第一順位抵当権で担保される債権と同一の債権

塩釜信用金庫

(3)昭和二十九年七月二十八日

元金十五万円利息、損害金日歩四銭

萱場りん

(4)昭和二十九年十二月十七日

本件宅地についての第二順位抵当権で担保される債権と同一の債権

伊藤伝一

佐藤武治

(5)昭和三十一年六月九日

本件宅地についての第三順位抵当権で担保される債権と同一の債権

原告

(6)昭和三十一年九月十日

本件宅地についての第四順位抵当権で担保される債権と同一の債権

右のように原告は、本件不動産につき後順位の抵当権を有する債権者であつて、後藤の被告に対する債務を弁済するについて正当の利益を有したので昭和三十一年十一月二十四日被告が後藤に対して有した前記無尽給付貸付残元金、遅延損害金に競売手続費用を加えた合計金を、弁済のため被告に現実に提供したところ、被告はその受領を拒んだ。そこで原告は右の事由を供託原因として同月二十六日前記無尽給付金残元金二十万九千七百九十円及びこれに対する昭和二十九年十一月二十一日から昭和三十一年十一月二十六日までの日歩四銭の割合による遅延損害金六万一千八百四十六円並びに被告の要した本件競売手続費用金七千四十八円の合計金二十七万八千六百八十四円を、被告の本店所在地を管轄する仙台法務局に代位弁済のため供託した。よつて原告は当然債権者たる被告に代位し、被告が有していた債権及び抵当権を行うことを得る地位を取得した。仮に原告が被告に対し後藤の債務を弁済するについての正当の利益を有した者でないとしても、被告は、昭和三十二年六月十八日、原告の供託した前記金員を仙台法務局から受領したからこれによつて被告は原告が被告に代位することを承諾したものである。

(三)  そこで原告会社常務取締役佐藤善光が、被告の管理課長熊谷直徳に対し再三に互つて債権証書の返還と代位の附記登記申請をなすことに協力することを求めたが、被告はこれに応じなかつた。

(四)  そのうち、昭和三十二年六月二十八日競落人内海正人は競落代金の支払をなし、本件不動産の所有権を取得した。次いで前記裁判所は各債権者の申出に基き左記のような交付表を作成のうえ同年十一月二十九日午前十時競売代金交付期日を開いた。

(債権者)

(元金)

(損害金)

(交付金額)

(1)塩釜信用金庫

十五万円

六万五千七百円

元金及び損害金の全額

(2)萱場りん

二十万円

十三万九千三百五十六円

(3)佐藤武治

渡辺林吉

十万六千六百五十円

七千百七十七円

(4)原告

十五万円

五万八千二十三円

損害金 一万一千百十七円

なお被告は前記供託金を受領したので前記裁判所に対しその債権の完済を受けた旨の届出をしたものであり右(3) の渡辺林吉は前記伊藤伝一から昭和三十二年六月十四日抵当権付債権の譲渡を受け同月十五日附記登記を了していたものである。ところで原告は右期日に出頭し、原告が被告に代位した債権につき最先順位で優先弁済を受けるべきことを主張したのであるが、他の債権者は、原告が、後藤の被告に対する債務を弁済したことのみ認め被告に代位したことは認めなかつた。それで原告は被告に代位した金二十七万八千六百八十四円の債権については本件不動産競売代金の中から一銭だに交付を受けることができなかつた。なお後藤は無資力で今後求償しうる見込は立たない。

(五)  もし、原告が被告の協力により代位弁済による附記登記をなしておれば、他の債権者に対して代位したことを対抗することができ、競売代金から代位弁済金二十七万八千六百八十四円の交付を受け得たのであつたが、被告がその登記申請協力義務を履行しなかつたため遂に原告は右金員の交付を受けることが出来ぬまゝ抵当権の消滅を来したのである。結局原告は被告の右登記申請協力義務不履行により右金額の損害を蒙つたので被告に対し右損害金二十七万八千六百八十四円及び被告がその支払につき遅滞に陥つた本件訴状の被告に送達された日の翌日たる昭和三十三年四月十九日からその完済に至るまでの年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだものである、

と述べ、

立証として、甲第一号証の一、二を提出し、証人佐藤善光、同熊谷直徳の各証言を援用し、乙号各証の成立を認めた。

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、

答弁として、

原告主張の請求原因事実のうち(一)の事実は全部認める。(二)の事実については、原告主張の競落許可決定のあつた当時、本件不動産について原告主張のような抵当権設定登記がなされていたこと、原告がその主張の日その主張のような弁済供託をなしたこと及び原告主張の日被告が右供託金をその供託所である仙台法務局から受領したことは認めるが、その余の事実は否認する。(三)の事実はこれを否認する。(四)の事実については、原告主張の日その主張の競落人が競落代金の支払をなして本件不動産の所有権を取得したこと及び被告が裁判所に対し原告主張のような届出をしたことは認めるが、その余の事実は不知である。原告主張の(一)の事実によれば被告から本件不動産につき、前記裁判所に対し抵当権実行のための競売申立をなし該申立が同庁昭和三十年(ヌ)第九十七号強制競売事件の記録に添附された日すなわち昭和三十年十一月八日に被告の前記競売申立が競売開始決定を受けた効力を生じたものである。ところで原告が本件不動産について有するというその抵当権につき設定登記がなされたのは右競売開始決定がなされたものとされ本件不動産につき差押の効力が発生した後のことであるから原告はその抵当権の設定をもつて被告に対抗できないものである。従つて、原告は民法第五百条に謂うところの弁済をなすにつき正当の利益を有する者ということはできないからその主張のような弁済供託をしても当然に被告に代位するものではない。従つて原告は民法第四百九十九条により後藤の被告に対する債務を弁済すると同時に被告の承諾を得た場合にのみ被告に代位することができたものであるが、被告は原告に対しかゝる代位についての承諾を与えたことはない。被告は昭和三十二年六月十八日、原告の供託した前記供託金を仙台法務局から受領したが、これは単に原告が後藤のために弁済することを承諾したにとゞまるものであつて原告が被告を代位することにつき承諾を与えたものではない。仮に原告がいずれかの理由で被告に代位したとしても被告の方から進んで代位の附記登記をすることに協力してやる義務はなく、原告が被告に対し一度として代位の附記登記をすべきことの協力を求めたことがない以上右附記登記がなかつたため原告においてその主張するような損害を蒙つたとしても、被告はその賠償義務はないものである、

と述べ、

立証として、乙第一ないし第三号証を提出し、証人熊谷直徳、同藤田藤雄の各証言を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

一(当事者間に争がない基礎的事実)

本件不動産はもと訴外後藤五郎の所有であつたが、同人に対する債務名義を有していた原告がそれに基いて強制競売の申立をなし、仙台地方裁判所昭和三十年(ヌ)第九十七号強制競売事件として昭和三十年十月十一日本件不動産に対する強制競売開始決定があつて翌々十三日強制競売申立登記がなされ、次いで右後藤の債権者で本件建物につき第一順位抵当権、本件宅地につき第一順位、本件建物につき第二順位の共同抵当権を有していた被告銀行がこれら抵当権実行のための競売の申立をなし、右申立は仙台地方裁判所昭和三十年(ケ)第百五十八号競売事件として同年十一月八日前記強制競売事件の記録に添付されたこと、その後原告は前記強制競売の申立を取下げたが、本件不動産の競売手続は続行され、訴外内海正人が代金六十八万円をもつてこれを競落し、昭和三十一年十一月二十一日その旨競落許可決定があつたことは当事者間に争なく、右競落許可決定のあつた当時被告の外訴外塩釜信用金庫同萱場りん、同伊藤伝一、同佐藤武治及び原告が前記後藤に対して金銭債権を有し、そのうち塩釜信用金庫は本件建物につき第三順位の抵当権を萱場りんは本件宅地につき第二順位、本件建物につき第四順位の共同抵当権を有していたことは被告において明らかに争わずこれを自白したものとみなされるところであり、なおその当時右伊藤伝一及び佐藤武治を共同抵当権者としての本件宅地につき第三順位、本件建物につき第五順位の共同抵当権設定登記が昭和三十一年六月九日受付でなされており、更に原告を抵当権者としての本件宅地につき第四順位、本件建物につき第六順位の共同抵当権設定登記が同年九月十日受付でなされていたことは被告の認めるところである。

二(原告の代位弁済の成否)

(一)  原告は、原告が後藤五郎の債権者で本件不動産につき後順位抵当権を有したから被告の前記抵当権で担保されるその後藤五郎に対する債権に対し弁済をなすにつき正当の利益を有した者である旨主張し、これに対し被告は、原告がその後藤に対する債権のため本件不動産につきその主張のような抵当権の設定を受けたとしてもその登記がなされたのは本件不動産につき被告のために競売開始決定のあつた効力が発生し従つて差押の効力が生じた後であるから、原告は被告に対し本件不動産に後順位抵当権の設定を受けたことをもつて対抗できなかつたものであると抗争する。

案ずるに、先ず当事者間に争のない前叙の事実関係によれば、民事訴訟法第六百四十五条第二項後段の準用により、原告が本件不動産強制競売の申立を取下げた時をもつて、被告のなした競売申立が原告の右申立による強制競売事件記録に添付された日である昭和三十年十一月八日に遡つて、被告の右申立に対し競売法による本件不動産の競売開始決定がなされたものとみなされる効力が生じたものといわなければならない。しかして競売法による不動産競売開始決定においては、民事訴訟法によつて不動産の強制競売開始決定をなす場合と異り、目的不動産を差押える旨の宣言をなさないのであるが、担保権の実行のためにする不動産競売手続において競売開始決定がなされたときは、競売手続が当該開始決定の際に存する事情の前提のもとに円滑に進行し、かつ、目的物件が相当の価格で換価されることによつて自己の債権の満足が得られるとの担保権者の正当なる期待利益を目的物件の所有者その他右担保物権の負担のもとに目的物件を支配している者の悪意ある危害行為から保護するために担保権者のために目的不動産を差押える効力が生ずるものと解するのが相当であり、不動産競売開始決定と同時に不動産の所有者その他の支配者は該不動産につき担保権者の権利、利益を害するような一切の処分行為をなすことが禁ぜられるのである。従つて該不動産について競売申立の登記があつた時(本件の如き場合にあつては競売開始決定があつたものとみなされた時、以下同じ)以後において不動産所有者から該不動産につき抵当権の設定を受けた第三者(競売申立登記があつた時以前に抵当権の設定を受け、競売申立登記後にその登記を了した者をも含む)は、該抵当権の取得をもつて競売申立人並びにその申立による競売手続によつて自己の債権の満足を期待する地位にある附帯の担保権者及び不動産競落人に対抗することはできない。してみれば原告の主張にかゝるその抵当権につき設定登記のなされたのが本件不動産につき競売法による競売開始決定があつたものとみなされる日である昭和三十年十一月八日以後である以上原告は競売申立人である被告に対し本件不動産につき後順位抵当権を取得したことをもつて対抗できず、この意味において原告の抵当権は無きに等しかつたものといわなければならない。しかしながら原告が本件不動産に後順位抵当権を有した者といえないからといつて直ちに原告が被告の前記債権に対し弁済をなすにつき正当の利益を有しなかつたものと速断することはできない。原告が前記競落許可決定のあつた当時後藤に対し金銭債権を有していたことを被告が明らかに争わないことは己に述べたとおりのところ、証人佐藤善光同藤田藤雄の各証言及び弁論の全趣旨によれば当時後藤五郎は前叙のような多くの抵当権の設定ある本件不動産の外は殆んど無資力であつて、もし本件不動産が競売手続によつて比較的低廉な代価で換価されるときは、その換価代金は悉く被告や塩釜信用金庫、萱場りん等の有する抵当権付債権の弁済に充当せられ、残余金の生ずる余地はなく、従つて原告が当時後藤に対して有していた日歩九銭の割合による遅延損害金支払特約付の元本金十五万円の貸金債権につき後藤から弁済を受けることは向後殆んど期待できない状況にあり、一方もし原告が被告の抵当権実行を阻止し前記競売手続を廃止することに成功するときは、後藤において本件不動産を競売価格よりは三十万円以上も高価で、すなわち金百万円位の代価をもつて任意他に売却できる成算があり、それが成功すれば原告もその売却代金の中から前記自己の債権につき充分弁済を受けられることになるという事情のあつたことが認められる。右のような事情のもとにおいては原告は被告の抵当権実行を阻止し前記競売手続の廃止を求め、延いて他日における自己の債権の弁済を確保することに利益を有したものであることは多言を要しない。

ところで債権者が不動産についての担保権実行のため競売の申立をなし該手続が進行中債務の弁済をなすにつき正当の利益を有する者が右債権者に弁済をなし弁済者がそれによつて債権者に代位しその債権及びこれを担保する実行中の担保権を取得した場合目的不動産につき登記を経た後順位の担保権者がいないときは、その者は、それと同時に競売手続上旧債権者の競売申立人たる地位を承継し、本件のように目的不動産につき登記を経た後順位担保権者がいるときは、弁済者は代位による債権及び担保権の移転登記をなさなければ代位したことをもつて右後順位担保権者に対抗できないし、かつ、競売法によつて行う登記簿に登記ある不動産の競売手続においては裁判所は原則として登記簿の記載を標準として競売申立人が担保権者であるかどうか、他に担保権者がいるかどうか等を判定して手続を進める建前になつている(競売法第二十四条第三項)関係上、その者は、代位による債権及び担保権の移転登記を経由するか、もしくは後順位担保権者全員から弁済者において競売申立人に代位したことを争わない旨の確認を得ることによつてはじめて競売手続上旧債権者の競売申立人たる地位を承継するものと解するのが相当である。一方競売申立人は、裁判所に対する競売申立を取下げる以外にはそれによつて進行した競売手続の廃止を求めることはできず仮令実体上その抵当権を放棄しても競売申立人としての地位を前提とする限りは右の方法以外に競売手続を廃止する手段は与えられない。しかも競売手続が競落許可決定の言渡を了した段階まで進行したときは競売申立の取下は原則として許されず、たゞ利害関係人全員の同意を得た場合に限つてそれが許されるに過ぎなくなる。しかるに原告は代位原因としての弁済供託を前記競落許可決定のあつた三日後である昭和三十一年十一月二十六日になしたと主張しながら、自分が被告の競売申立人たる地位を承継した暁に利害関係人である後順位抵当権者塩釜信用金庫及び萱場りん(前記伊藤伝一と佐藤武治は除かれる。蓋し同人らの抵当権設定登記は被告の申立により本件不動産競売手続開始決定があつたものとみなされる日以後になされたものだからである)、競落人内海正人並びに債務者後藤五郎の全員から前記競売申立の取下げにつき同意を得る可能性のあつたことその他前記競売手続の廃止を求める可能性のあつたことについては何ら主張立証をなさない。してみると原告は仮令被告の後藤に対する前記債権者に対し弁済したところでそれに因つて前記競売手続の廃止を求めることはできなかつたものといわざるを得ないからその限りにおいて前記競落許可決定のあつた後は原告が被告の前記債権に対し弁済をなすについての正当の利益は消滅してしまつたものといわなければならない。されば原告がその主張の弁済供託をなしたときに、後藤五郎の債権者にして本件不動産につき後順位の抵当権を有したが故に被告の前記債権に対し弁済をなすにつき正当の利益を有したとの原告の主張は採り得ないものである。

(二)  ところで原告が昭和三十一年十一月二十六日被告のために被告の前記抵当権で担保されるその後藤に対する無尽給付貸付残元金二十万九千七百九十円及びこれに対する昭和二十九年十一月二十一日以降昭和三十一年十一月二十六日までの日歩四銭の割合による遅延損害金として金六万一千八百四十六円並びに本件不動産につきなされた前記競売事件の執行費用として金七千四十八円の合計金二十七万八千六百八十四円を被告の本店所在地を管轄する仙台法務局に弁済供託し被告が昭和三十二年六月十八日該供託金を同供託局から受領したことは被告の認めるところである。しかして債権者が弁済供託を供託者(債務者又は第三者)から供託原因事実の記載ある供託書の交付を受けて供託金を受領した場合は(供託物取扱規則第二条第二項第三条第一項第五条参照)、特別の事情のない限り、債権者において供託所に対し供託者のなした供託を受諾する意思を表示したものと認めるのが相当であり、しかして債権者は一旦供託受諾の意思表示をした以上供託者に対する関係でも右意思表示に拘束せられ爾後供託の有効なことを否認したり供託原因に反する主張をなしたりすることは許されないものと解するのが相当である。蓋し債権者が供託受諾の意思表示をしたものと認められる以上供託者は民法第四百九十六条第一項による供託金の取戻権を喪失するものと解せざるを得ないが、その場合でもなお債権者に供託原因に反する主張を許し、その反面供託者が自己の主張した供託原因を維持できないようにすることは供託者を不当に不利な立場に追いやるものであつて正義の観念から到底容認できないからである。原告が前記弁済供託をなすに当り原告が被告の後藤に対する前記債権に対し弁済をなすにつき正当の利益を有するが故に被告に該弁済の提供をしたところその受領を拒まれたことを供託原因としたことは被告において明らかに争わないところであるからこれを自白したものとみなすが、被告が昭和三十二年六月十八日前記供託金を供託所から受領したことにつき何ら特別の事情の認められない本件にあつては、被告は右受領により、原告が被告の前記債権に対する弁済をなすにつき正当の利益を有したものであることや原告のなした弁済供託が有効であることを否認することは許されなくなつたものといわなければならず、その結果被告は原告が前記弁済供託により当然被告に代位したことを容認せざるを得なくなつたものである。被告は前記供託金の受領により単に弁済を承諾したにとゞまるものであると弁疏するが、かゝる弁疏の採り得ないことは右に説明したところにより自ら明らかである。

してみれば被告が昭和三十二年六月十八日前記供託金を受領したときに被告の前記抵当権によつて担保されるその後藤に対する債権は原告のなした有効なる代位弁済のための供託により、被告の債権としては消滅し、原告は法律上当然に被告に代位し、被告が有していた前記債権は、原告の後藤に対する求償権の範囲――原告は右弁済供託をなすにつき債務者後藤五郎の委託を受けたものであることを主張しないから右求償権の範囲は民法第七百二条によつて律せられることになる――と認められる前記弁済供託金額の限度ですなわちその全額で被告から原告に移転し、かつ、これを担保していた本件建物につき第一順位の抵当権及び本件宅地についての第一順位、本件建物についての第二順位の共同抵当権も被告から原告に移転したものであり、従つて被告は代位者たる原告に対し右債権及び右抵当権につき代位弁済を原因とする移転登記(これは不動産登記法第百二十五条の規定に従い附記登記の方法による)申請に協力すべき義務を負うに至つたものといわなければならない。

三(被告の債務不履行の成否)

所有権を目的とする抵当権実行のための競売法による不動産競売手続においては、競落許可決定が確定し競落人が競落代金を裁判所に支払つたときに該不動産の所有権が競落人に帰属し、該不動産上の抵当権はすべて消滅する(競売法第二条第一、二項)。しかし競落代金がこれを受取るべき者に交付される時もしくはその旨決定される時までは不動産上に存していた抵当権の優先弁済受領権能が当然その順位、内容に従つて競落代金の上に移行していることはいうまでもない。又一方競落人が競落代金を支払つたときは裁判所は競落許可決定の謄本を添えて競落人が取得した不動産所有権の移転登記及び競落人の引受けない該不動産上負担記入(抵当権の登記は当然これに含まれる)の抹消登記を管轄登記所に嘱託する(競売法第三十三条第一項後段、民事訴訟法第七百条第一項第二号準用)。他方裁判所は競落代金の中から競売費用を控除しその残金を遅滞なく、これを受取るべき者に交付しなければならないが(競売法第三十二条第二項)、これを受取るべき者とは競落代金交付の際に受領権原を有する者を指すことはいうまでもない。しかして競売法第三十二条の規定の仕方からみると前記登記嘱託の方が競売代金の交付よりも原則として、早く行われる建前になつているが、右嘱託に基く移転、抹消の登記と競売代金の交付もしくはその旨の決定のいずれが早い時期になされるかは事件毎に異りこれを一律に決し得ないことは明らかである。ところで主登記が抹消されてしまえばもはや附記登記をなす余地のないことはいうまでもなく、又抵当権の目的物がなくなつてしまえば抵当権移転登記を有効になす途がなくなることは当然である。右の事実及び前叙のような競売手続進行の仕方を前提とすると、競売法による競売手続進行中の不動産につき抵当権を有する債権者が右抵当権で担保される債権につき代位弁済を受けたため代位者に対して負うに至つた右債権及び抵当権についての代位弁済に基く移転登記申請に協力すべき義務は、競落人から競落代金の支払を受けた後、裁判所が管轄登記所に対してなす前記登記嘱託により当該抵当権の登記が抹消される時又は裁判所により競落代金がこれを受取るべき者に交付されもしくはその旨決定される時のいずれか早く到来する時までその履行が可能であり、その時を過ぎればもはやそれを履行することは不可能になるものといわなければならない。

本件においては被告の有していた前記抵当権の登記が裁判所の嘱託により抹消されたのが何日かを確認できる証拠はないが、競落人内海正人が競落代金を裁判所に支払つたのが被告において前記供託所から受領した日から十日目の昭和三十二年六月二十八日であることは当事者間に争なく、又原告が被告に代位した債権及び抵当権についての移転登記を経ることなしに同年十一月二十九日午前十時の競売代金交付期日を迎えたこと及び右期日に前記裁判所が前記競落代金をばその交付を受くべき者に交付しもしくは交付する旨決定したことは佐藤善光の証言及び弁論の全趣旨によつてこれを窺うことができる。してみると被告は少くとも昭和三十二年六月二十八日までは前記義務の履行が可能であつたものであり、又遅くとも同年十一月二十九日までには前記義務を履行することが不能になつていたものということができる。被告は銀行業を営む者であるから抵当権実行のための不動産競売手続においてそれが或る一定の段階まで進行するかもしくは競売代金の交付により該手続が終了してしまうかすれば目的物件についての既存の抵当権につき代位による移転登記をすることができなくなることはこれを知つていたものと推認され、仮にそれを知らなかつたとしても取引上通常用うべき注意をもつてすれば容易にこれを知り得たものといわなければならない。従つて被告は、前記登記申請協力義務をば機を失せずに履行することによりその履行不能となることを避け得たものとしなければならないからその責に帰すべき事由に因つて前記義務の履行不能に陥つたものと断じなければならない。

四(原告に生じた損害)

仙台地方裁判所が昭和三十二年十一月二十九日午前十時の本件不動産競売代金交付期日に金六十八万円の競売代金をばこれを受取るべき者に交付しもしくは交付することに決定したことは已に認定したとおりであるが、前叙当事者間に争のない事実に佐藤善光の証言並びに弁論の全趣旨を総合すると、その際裁判所として原告が前記弁済供託によつて代位した債権金二十七万八千六百八十四円につき原告から交付要求の申出がなされており、かつ、被告から前記供託金の受領により自己の債権としてはそれが消滅した旨の届出もあつた(被告がかゝる届出をしたことは被告の争わないところである)ので原告においてこれを被告に代位したことは判つたが、同日までに原告から右債権及びこれを担保する抵当権につき原告のための移転登記ある登記簿謄抄本もしくは後順位抵当権者全員において原告の右代位を争わない旨を証言する資料の提出がないので原告をば被告の競売申立人たる地位を承継した抵当権者と認めることができなかつたため、右債権に対して競売代金の中から全く交付しないことにしたものであることが推認される。なお原告は前記期日に出頭して右債権が最先順位で優先弁済を受くべきものであると主張したが、他の債権者らが原告の代位したことを認めなかつたので右債権につき交付を受けることができなかつたと主張するが、かゝる事実はこれを認むべき証拠がない。

原告が被告に代位した前記債権及びこれを担保する前記抵当権についての移転登記がその可能な時期になされていたとすれば原告は前記競売代金交付期日までにその登記のある登記簿謄抄本を裁判所に提出して前記競売代金の中から最先順位をもつて右債権金額につき交付を受けることができた筈であるから原告は右登記を欠いたが故に右債権額金二十七万八千六百八十四円につき前記競売代金中から全く交付を受けることができないことに因り同金額の損害を蒙つたものであることは明らかであり、しかしてもし被告に前記移転登記申請協力義務の不履行がなかつたとすれば、原告としても当然移転登記を了して右のような損害を未然に避ける手段を講じたであろうから結局右損害は被告の前記義務の不履行に基因して生じたものといわざるを得ない。

五(過失相殺)

原告は前記弁済供託をした日の翌日から被告に対し再三に互つて前記債権及び抵当権の移転登記申請に協力すべきことを求めたと主張し、これに対し被告は原告からかゝる協力を求められたことは一度もないから損害賠償義務はないと抗争する。よつて案ずるに、佐藤善光、藤田藤雄、熊谷直徳の各証言及び弁論の全趣旨を総合すると、金融業を営み前叙認定のような理由により前記競売手続の廃止を企図していた原告会社の取締役佐藤善光は昭和三十一年十一月二十四日本件不動産競落期日が已に同月二十一日に開かれたことを知悉しながら競落人に対し競落許可決定があつたか否かを確めずに、被告銀行本店に赴き被告銀行の整理係藤田藤雄及び整理課長熊谷直徳に面接の上原告において前記競売手続の廃止を希望する理由を述べて被告の後藤に対する前記債権に対しての代位弁済の申込をしたこと、しかし被告には後藤に対する別口の債権があつたので、右熊谷と藤田はそれとの抱き合わせでなければ上役の許可をもらうのがむずかしいからといつて一応右申込を断つたが、佐藤に対し原告の方で弁済供託をすれば上役との関係でも何んとかなつてそれを受諾できるようになるかも知れないようなことを言つたので佐藤はこれを善意に解し代位弁済として供託すれば何んとかなるものと思い込んだこと、そこで原告は翌々二十六日前記弁済供託をなし即日被告宛に供託書を送付し、かつ、電話で供託を了した旨を告げて前記債権に関する証書の送付方を要求したこと、その後原告は前記競落許可決定に不服を申立てる等して前記競売手続の廃止を求めることにのみ汲々とし、競売代金の交付についての関心を有しなかつたためか前記債権及び抵当権についての代位に因る移転登記申請の可能であつた期間内に一度として被告に対し右移転登記の申請に協力するよう請求しなかつたこと、他方被告は、昭和三十二年六月十八日仙台法務局から前記供託金を受領した後前記移転登記申請の可能であつた期間内に、原告に対し右登記申請協力義務の履行の提供(右義務の履行には権利者たる原告の行為を要するから右履行の提供はいわゆる口頭の提供で足りたことはいうまでもない)を一度もなさず、のみならず供託金を受領したことの通知すらしなかつたこと、以上の事実を認定することができ、右認定を妨げるような証拠はない。

思うに被告が原告から前記移転登記申請に協力することについて請求がなかつたからといつて右登記申請協力義務の履行不能に陥ることを避けるための何らの措置をも執らなかつたことは己れの満足のみをもつて足れりとし他を顧みない態度に由来するものと評されても止むを得ないであろう。被告が原告に対し前記義務の履行を提供しないまでも、前記供託金を供託所から受領した旨の通知さえ右登記の可能であつた期間内に出していたとすればそれが原告の権利行使を誘い前記移転登記が機を失せずになされるという蓋然性は相度に高度であつたと思われる。蓋し被告と雖も前記供託金受領後は原告から請求されさえすれば前記移転登記申請に協力することに吝かであつたとは思われないからである。他方原告としても金融業を営む会社である以上競売法による不動産競売手続において競落許可決定のあつた後代位弁済により債権及びそれを担保する抵当権が弁済者に移転した場合それについての移転登記は競売手続が普通に進行すれば遠からず到来する或る一定の時期までにしてしまわないとそれをなし得なくなることや目的不動産につき後順位抵当権者がある場合代位弁済をした者は右の移転登記をしておかないと代位した債権の弁済を受け得なくなる恐れがあることは取引上通常用うべき注意をもつてすれば容易にこれを知り得たものといわなければならない。従つて原告が前記競売許可決定があつた後に代位弁済のための前記弁済供託をなしたものである以上機を失せずにそれによつて原告が代位したと信じた債権及びこれによつて担保される抵当権についての移転登記を了するように注意すべきであつたといわなければならない。しかるに、原告が前記弁済供託後右移転登記ができなくなるまでの間に一度として被告に対し右移転登記申請に協力することを求めていない事実は仮令原告が被告に対し権利として右協力を請求できるようになつたのが被告において供託所から前記供託金を受領して以降であるとしても、又原告が被告において右供託金を受領したことをば機を失せずに知ることができなかつたとしても、前記認定のような経緯のもとでは被告が任意の時期に原告のなした供託を受諾するかも知れないことは予想されたところであり、原告において自己の権利、利益を保存するために払うべき注意を欠いたものであるとしなければならない。もし原告が前記弁済供託をした後被告に対し右移転登記を機を失せずになす必要のあることを具して右登記申請に協力すべきことを一度でも求めていたとすれば、被告も供託所から前記供託金を受領した後は遅滞なく右登記申請協力義務の履行の提供をしたであらうと推察され、このように推察することの妨げとなる程の事情は何ら窺われない。しかしながら原告が前記移転登記の可能な時期に被告から前記供託金を受領した旨の通知にすら接しなかつた以上原告が漫然権利を忘失しもしくは安閑その上に眠る間にそれを失つてしまつたものとするのは言い過ぎと思われる。そこで原、被告双方に存する前叙のような責の軽重を比較考量するときは被告は原告に対し前記義務の不履行によつて原告に蒙らせた損害を賠償する責に任ずべきであるが、その賠償すべき損害額は金二十二万円をもつて相当と認める。

六(被告の義務)

されば被告は原告に対し右損害金二十二万円及びこれに対するその支払義務の履行遅滞に陥つた日である昭和三十三年四月十九日(本件訴状が被告に送達になつた日の翌日であつてこれは記録上明白である)以降その完済に至るまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものといわなければならないが、これを超える義務はない。

七(むすび)

以上のとおりで原告の本訴請求は被告の右義務の履行を求める限度で理由があるからこれを正当として認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十二条第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中川毅 宮崎富哉 佐藤邦夫)

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